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とりとめもなく、日常のひとこまを綴る写真雑記


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京都で山行で大原野

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 「世の中に 絶えて桜の なかりせば 春の心は のどけからまし」
 平安時代の在原業平の有名な歌です。たぶん高校の授業かなんかで丸暗記したのが今だに頭に残っているわけですが、現代を生きる私たちも共感できる名歌ですね。私も毎年2月の半ばくらいから、桜が咲くのはいつかいつかとソワソワしてしまいます。こんな勢いで散財してると老後大変だから、今年はもう桜の京都に行くのはやめようか、と思っていましたが、これはもう春先にかかる病気、行くのが治療と思い(笑)行くことにしました。納得できる場所と値段の宿を取るために、何度も抑えたり離したりしていたので、2泊+2泊で4泊と余裕の日程になってしまったので、行くにはなかなか覚悟のいる大原野エリアに初めて出かけることにしました。
 3月31日、目的地は、善峯寺と業平ゆかりの十輪寺、そしてそこからさらに40分ほど(!)歩いたところの正法寺、勝持寺などです。善峯寺は、以前くま夫と、紅葉の時期に他の寺とあわせてタクシーで巡ったことはありましたが、今回はバスと徒歩。昼時間帯の1時間に1本しかないバス便の終点からちょっとした山登り。あと1週間遅ければ、この桂昌院お手植えの枝垂桜も満開、さらには山一帯も様々な桜でいっぱいだったことでしょう。それでも、山の清々しい空気の中、騒々しい外国人観光客もおらず、心穏やかに1本の桜を楽しむことができました。

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 善峯寺の北門から出てすぐの三鈷寺にもちょっと寄りお抹茶をいただいた後(こちらの桜はまだほとんど咲いていなかった)、獣道のような急勾配の坂を下り、さらに車道を20分近く歩いて下ると、在原業平が晩年を過ごしたという十輪寺に。こちらは2014年の「そうだ 京都、行こう。」のキャンペーン寺院になったところで、本堂や廊下をふわりと覆うような1本の枝垂桜が印象的なポスターでした。聞けば、あの写真は、制作スタッフが櫓を組んで高いところから撮ったものとのことで、お寺の方たちもあんなふうに見えるとは知らなかったのだそうです。裏山からは、それに似た雰囲気が味わえます。同じ桜なのに、三方普感の庭から見上げるそれは、また全然違う印象でした。私の写真では、現地で感じた素晴らしさをちゃんと伝えられないのが残念です。

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 家で計画を立てた時は、天気や体調で行かない選択もありだ、と思っていましたが、けっこう元気だったので、そこから徒歩40分余り、実はiPhoneの道案内をざっくり見ながら歩いてたので2回ほど道間違えてもっとかかったのですが、とにかく大原野の方にたどり着くことができました。正法寺は橋のところの枝垂桜が満開。勝持寺は、まだ咲き始めで期待した景色は見られませんでした。大原野神社は全く咲いておらず。帰りのバスも、また違う系統ですが1時間に1本。なんとか間に合いました。

 京都近郊に住んでいる方々のツイッターやインスタグラムでは、この1週間ほど、自分は見られなかった満開の桜の見事な写真が次々に投稿されていて、それらを見ると、ちょっと妬ましくなってしまいます。そんな欲をはってはいけません。見に行かれたことだけでも感謝です。

 さて実は、今回の京都の一番の目的は、桜ではなく法然院の椿なのでした。普段は公開されていないところ。そしてお坊さんの法話。それらはまた今度。
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Commented by わお at 2016-04-13 19:31 x
>春先にかかる病気、行くのが治療
激笑!(^^)!

昼間は可憐に,夜は妖しく。やはり桜は,どこか人の心を惑わせます。
そして桜の周りに集う人々は,ひととき現実の憂さを忘れ,その振りまく妖しさに惑わされたいのかもしれませんね。
いつとなくさくらが咲いて逢うてはわかれる 山頭火
Commented by viewfrom at 2016-04-14 09:19
わおさん、こんにちは。
そうですね。
桜はいろいろな表情を持ち、心を惑わせ、
だからこそ古来から文学や絵画にも幾度となく登場するのですね。
桜が散ると、しばらくは抜け殻のようになったり(笑)
山頭火の句、初めて知りました。ありがとうございます。
by viewfrom | 2016-04-12 22:47 | 写真 | Comments(2)